バリエステについて


bali esthetic

バリエステの特徴

日本ではリラクゼーションのイメージが強いバリエステマッサージですが、実際は王族の健康回復のために、数千年をかけて発展してきた伝承療法です。

バリエステは少し強めの刺激が特徴的ですが、バリ独特の植物、花や果実等から摂る、香り高いオイルを施術に使用します。これらのオイルには様々な薬効があり、エステの効果を高める働きをするとともに、リラクゼーション効果を高めてくれます。

バリエステの歴史

バリエステの歴史を知るためには、まずは宗教を中心にインドネシアの歴史を紐解くことから始めましょう。

バリエステの源流はインドにあります。
インドと言えば五千年の歴史を誇る世界三大医学の一つ「アーユルヴェーダ」の発祥地として有名ですが、この伝承療法(アーユルベーダ)がバリエステのルーツです。
3~4世紀にインドから東南アジア、インドネシア一帯にヒンズー文化が広がり始め、5世紀後半には仏教も伝わってきたと考えられています。
当時、侵略し統合するには宗教布教による統治が最強の方法だったと想像できます。
宗教を布教する為には、哲学的な物事の教え、神の存在などを話し洗脳する前に、言語の壁を打ち破る奇跡が必要でした。
病に苦しむ人々を救済する技(伝承療法)が奇跡として捉えられ、発展していったと考えらえます。
6世紀に入るとスマトラ島に興った王朝が西インドネシアの海洋貿易を独占し、インド(仏教を基盤とする都市国家)を築きます。
15世紀に入ると、香辛料を求め東進するイスラム商人(イスラム教)たちがマレー半島やスマトラ、ジャワ島に港町を建設し、 それらの港町の中から海洋国家が誕生して近隣のヒンズー社会を侵食し始めます。
1525年頃にジャワ島のマジャパイト王朝が崩壊し、 バリ島に逃れてきた一部の王族や貴族(ヒンズー教信者)たちが亡命政権を樹立して、ヒンズー教を柱とした燐熟した王朝文化の黄金期を迎えます。 インドを発祥地とした伝承療法は、ヒンズー教と共にバリ島へと流れてながら、ジャワ島など独自の植物療法が加わり、健康法だけではなく、王族たちの美容法へと発展していったのです。
ヨーロッパで最初にバリ島にやってきたのはポルトガル人でした。香辛料を求めて新大陸を発見した15世紀の大航海時代のことです。
次いで1597年オランダの艦船がバリ島に上陸。オランダの目的は巨大な島々を植民地化し、香辛料貿易を独占することにありました。
1849年オランダはバリ島の北西部から侵攻し1908年にバリ島の支配者スマラプラ王朝を滅ぼします。
オランダ政府は島を統治することにあたり当時のバリ社会を慎重に研究し旧王族に実質的統治を任せる間接統治を選びます。
この政策が結果的に島社会の混乱を防ぎ、貴重な伝統文化の保護継承に繋がりました。
この時代からバリ島は「ポリネシア文化とアジア文化が合流する地上の楽園」と囁かれだし、多くの欧米人が訪れるようになります。
1930年にはヨーロッパ人の技法や感性を受けて、バリエステ(伝承療法)は今日のスタイルへと発展してきました。
インドのアーユルヴェーダを源流とした伝承美容健康法、ヨーロッパのマッサージ技法、 さらにバリ独特の花・果実・種子・根茎などのメディカルハーブを使用した 独特の植物療法“ジャムウ”を代表とするアロマテラピーが融合し、今日のバリエステが誕生したのです。

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